芦野ブログ

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私たちは誰かを悲しませないために生きている

職場の人が自殺しました。

 

知っている人が自殺するのは初めてです。

 

自殺があったことを聞いてから数日、ずっとため息をついていました。

 

 

自殺者がでると、みんな自分を責めます。

 

自殺した人と私とは挨拶をする程度の顔見知りでした。

 

その程度の関係でさえ、私は「私の挨拶が悪くなかっただろうか」とふりかえりました。

 

より身近な人は、もっと自分を責めていました。

 

 

自殺の話題は、伝えた人への不信感を生みます。

 

話を知らなかった人が、後から自殺のことを知ると不快な気持ちになり、「なんでそんな話を言ってくるんだ」と、話した相手を不信に思います。

 

でも、話した側も、抱えきれなかったのかも知れません。

 

 

自殺者を発見した人は、PTSDになります。

 

自殺者の直属の上司もPTSDになるかもしれません。

 

自殺者の身近な人は当然悲しんでいます。

 

人が死ぬと、程度の差はあれ、みんな傷つきます。

 

人がひとり死んでも、社会はまた同じように動き出すかもしれないけれど、心に傷を受けた人たちは、考え方や生き方が変わり、世界の歯車は少しずつ変わっていくんだと思います。

 

 

「私たちは誰かを悲しませないために生きている。」

 

どういう生き方であれ、「生きている」というだけで、周りの人を安心させている。

 

人が生きていることは、それだけで誰かのためになっているんだ。

 

そう感じました。

 

 

今わたしは、何かのきっかけでまた誰かが死んでしまうのではないかと、不安でいっぱいです。

 

いろんな人を自殺しないか見張ってしまいます。

 

 

みんな、どうか、生きていてほしい。

 

生きていきましょう。